オタの旅々 ~THE JOURNEY OF RICO~

「どこ行くの?...少し遠くまで」。タイトル通り、アニメにインスパイアされただけ。どこかに出掛けた記録を粛々と、たまに偉そうに書きます。脳内で灰の魔女様のように読み上げて頂ければ本望です。

2016年8月27日 青春18きっぷで西へ(2)初めての九州とサンライズ瀬戸・出雲号

一夜明けて小倉。金沢-小倉の鈍行移動の疲れがまとめて出たからか、少しゆったりした朝を迎えました。

身支度を調えていざ18きっぷ2日目を使用開始。この日はまず福岡県が県庁所在地・博多へ向かいました。

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もともと低かった写真の質がさらに格段に下がったのは、当時のスマートフォンでの撮影だからです。

列車にもよりますが、小倉から博多まで各駅停車で1時間半程度、快速で1時間ちょっと。いかにもJR九州な色味の列車に乗っていきます。

金沢から営業キロにして907km、初めて降り立った博多は、それでいて遠い場所という実感は全くありませんでした。強いて言えば、見かける車両が見慣れたものとは全く違うということぐらい。

当然と言えば当然ながら、そこではいつも通りの博多駅としての光景が、私たちを出迎えます。唯一非現実感を醸し出していたのは、ホームで発車の時を待つ「ななつ星 in 九州」の豪華絢爛な客車くらいでしょうか。

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九州、あるいは博多もこの3年ほど後に再訪しますが、今のところ在来線ホームに入ったのはこの一度きりとなっています。

さて、今回の終着点は博多ということで、ここから折り返しです。友人は各地の音ゲー筐体をプレイすると称号だか何かをもらえるということで、ゲームセンターに。私単独で明太子なり博多ラーメン・長浜ラーメンなりを食べてくれば良かったのですが、駅周辺をブラブラ探索していたらすっかり忘れていました。

この先は岡山まで引き返し、友人は知り合いに会いに四国方面へ、私はせっかくだからと岡山から予約した、サンライズ瀬戸号で東京へ向かうことになっています。

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昨晩は真っ暗な中で発着した門司駅。この駅を出ると九州とはお別れ。

門司から先、本州方面と門司港方面で分岐しますが、実は2020年現在でも門司-門司港は乗車していません。友人が音ゲー詰めになっているうちに先回りして、あとから門司で合流すれば良かったですね。ちょっとだけ後悔しています。

黄色い電車のエリアに戻ってきました。ここから先は、再びクロスシートに揺られて東に進みます。

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山陽地区の115系は個性豊かで、中には117系のような扉と座席配置の番台もあります。なんでも国鉄時代に、「ひろしまシティ電車」なる輸送改善計画に基づいて、競合する交通機関への対抗、観光移動を前提として、快速列車向けに設計された車両なんだとか。

この車両の転換クロスシートはリニューアル工事等で取り付けられたものではなく、編成が登場した当時からだったんですね。転換クロスシート自体最近のものだと勝手に思っていました。

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水平もなにもあったものではないですが、夕方の日に照らされる瀬戸内の景色。

ここで私たちは大慌てで時刻表を捲っていました。私の記憶が正しければ、何気なく見た運転日表記が、乗り継ぐ計画になっていた列車がその日は運転されないことを示していたのです。

これにはサンライズ瀬戸号を予約している私はもちろん、友人も蒼白で解決法を探りました。予約列車の有無に関わらず、長距離の乗り継ぎで計画が狂うというのは、マージンを取っていても冷や汗ものです。

ただ、この緊張は杞憂に終わりました。時刻表の「土休日運休」「休日運休」(もしくは土休日運転/休日運転)を解釈し違えていた、あるいは見間違えていただけで、土曜日であるこの日は運転日だったのでした。

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黄、黄、とにかく黄色。どこの駅だったかは忘れました。

緊張は、緊張が緩んだ瞬間の安心感を増幅させるためにある、ということをどこかで見聞きしましたが、やはり心臓に悪いことだけは何度体験しても確かです。ともかく私たちは、それまで以上の安心感を胸に、22時頃には岡山へ辿り着いていました。

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岡山駅の接近メロディである「線路は続くよどこまでも」が流れる中、7両編成のサンライズ瀬戸号が堂々入線してきます。

そういえばこの曲、原題はI've Been Working on the Railroadで、現代の日本語歌詞として有名な明るい列車旅の内容とはかけ離れた、アイルランドの線路作業員の民謡ですね。初めて歌詞を読んだときは私の訳し間違いかと思いました。

調べてみると日本でも、当初は原曲に忠実な「線路の仕事」という曲名で輸入されていたようです。のちにNHKみんなのうたで現在の邦題・歌詞として放映されてからは、今の形が定着したとのこと。

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引き続き岡山に到着する出雲号との連結準備に入ります。連結シーンをのんびり眺めてから乗車できるのは、瀬戸号もしくは岡山乗車の特権かもしれません。

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もう一度「線路は続くよどこまでも」が流れ出すと、いよいよ連結相手の到着。ゆっくりと車両同士が近付いていき、甲高い金属音とともに連結作業終了。車両間に幌が掛けられている光景を尻目に、私も友人に別れを告げます。友人とはここでお別れ、18きっぷの効力ともお別れです。

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2日間をともにした友人と別れる寂しさを胸に、サンライズ瀬戸号に乗り込みます。

サンライズ号の個室寝台にはいくつか種類があり、さらに寝台料金不要(特急料金のみ)なのびのびシートなどもありますが、今回は1人向けとして無難なシングルを選択しました。

個室寝台はそこまで広くないという話を聞いていたので少し心配でしたが、実際には中腰で移動できる程度の高さがあります。寝台から降りれば、完全に立つことも可能です(立っていてはとても身体は休まらないですが)。

サンライズ号といえばシャワー、というよく分からない期待に胸を膨らませてシャワーカードの販売機を探しましたが、残念ながら完売でした。運良く携帯していたボディペーパーで身体を拭きます。

ちなみにこの3年後にまたサンライズ瀬戸号を四国発着で利用するのですが、経験上、上りは坂出乗車までであればシャワーカードを入手できる可能性が高そうです。下りは瀬戸・出雲とも東京駅からシャワーカード争奪戦でした。

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寝ている間に移動できるというのはありがたいことです。目が覚めると列車は、18きっぷ旅の鬼門である静岡県縦断の後半部分に差し掛かっていました。あらゆるオタクがお尻の痛さと戦って通過する路線を、(決して快適とは言えませんが)寝台で寝ている間に半分以上クリアできたのですから、寝台券の効力は偉大です。

サンライズという列車名なので、眠い目を擦りながらラウンジで日の出を待っていましたが、残念ながらあいにくの空模様は、私にライジングサンを見せてはくれませんでした。そればかりかコトコトという心地よいジョイント音と、窓の外を高速で流れる景色が、まだ寝足りない私の頭を眠りへと誘おうとしました。

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静岡県を抜け、神奈川県に入ると東京まであっという間です。若干遅延していましたが、日曜日の早朝ということもあって、大きな増延にもならず、東京駅の東海道線ホームに到着。こうして、金沢~博多~東京の延べ2000km超にわたる鉄道旅は、ここに終わりを告げました。

新幹線が整備され、移動スピードが重要視されてくる現代ですが、鈍行を乗り継いでも遠いところまで行くことはできる。鉄道は文字通り日本全国を結んでいる。18きっぷの旅が教えてくれるのは、そういうことなのかもしれません。

2016年8月26日 青春18きっぷで西へ(1)日本最長列車(当時)の旅

8月といえば青春18きっぷの夏期利用期間まっただ中。

ちょうど東京に戻るルートを考えていた頃、私と同じく旅好きな友人、もとい前回のコミケ参戦のオタクから、18きっぷでどこかに行かないかという誘いを受け、私たちは金沢から博多を目指すことにしました。東方向に進んでも良かったのですが、途中の第三セクターがネックとなり、面倒だからということで西進を選択したのでした。

なお、高山本線と氷見・城端線を利用する場合に限り、あいの風とやま鉄道線での18きっぷによる高岡~富山間の通過利用が認められています。同様に七尾線北陸線を利用する際にも、通り抜ける金沢~津幡で18きっぷを利用可能です。それ以外の区間では別途運賃が必要となります。

朝の金沢を乗り慣れた521系で出て3時間程度、敦賀からはいよいよ新快速とご対面です。ここからは湖西線方面を経由して姫路へ向かいます。

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時刻表を捲ってみると分かりますが、福井や敦賀以南は列車の接続が比較的悪く、そして分かりにくくなっています。距離的にはそこまで時間が掛かるわけではないように見えますが、湖西線北陸線も基本的に、近江塩津近江今津以南発着の本数が多いこともあって、鈍行同士では接続の関係で通過に時間が掛かってしまうエリアと言えますかね。福井・敦賀で特急に乗り換えることが前提になっているような感じなのも理由でしょうか。

とにかく、最初に時刻表を調べたときには、接続時分の余裕と列車の少なさに戸惑ったものです。といっても30分以内に繋がるので、まだマシなほうではあるでしょう。

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近江今津からは増結して姫路に向かいます。高崎線籠原みたいな感じですね。

この併結作業の関係で、近江今津では9分停車です。2020年現在の時刻表では10分間の停車となっています。

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近江今津の停車時間を利用して、車内広告の差し替えをしているようです。

両数と列車番号近江今津から変わると、列車は再び姫路を目指して走り出します。東海道本線に合流し、京都・大阪を経て神戸から山陽本線に突入すると、いよいよ沿線の雰囲気は北陸とかなり違うものになってきました。

終着駅である姫路から先は、赤穂線方面の普通列車山陽本線列車を乗り継いで岡山まで進んでいきます。

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進もうと思えばこの先の区間にもスムーズに進めたのですが、岡山ではクールタイムとして40分ほどの休憩です。岡山からは、知る人ぞ知る369M列車に乗り継いで下関を目指します。

山陽本線369M列車―。現在では存在しないその列車は、2016年のダイヤ改正で登場し、かつては日本最長の距離を走破する普通列車でした。岡山から先、各駅に停車して、7時間以上をかけて下関に到達します。下関では小倉行き最終列車に接続でき、終着駅の小倉に到着する直前で日付が変わってちょうど18きっぷ1日分の効力切れ、というような、18きっぱー向けにあると言っても良さそうなダイヤ組みがなされていたのです。

しかし残念ながら、この369Mは2017年以降糸崎始発に短縮され、その後のダイヤ改正で消滅してしまいました。ちなみに現在でも369Mに近い運転時刻で岡山から山陽本線を下ることは可能です。途中糸崎・岩国で乗り換えが必要となります。

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369M、岡山発車。

いくら日本最長列車とはいえ、それは地域住民の移動の足。大勢の乗客を乗せて、列車は岡山を出発します。

山陽地区では、日本国有鉄道から継承した115系電車を近代化改修して運用しています。外側の見た目は旧型新性能電車(少し改修されています)、中身はJR西日本の新型電車に近いパッケージングで、初めて乗ったときには少々混乱しました。一見して快適そうですが、台車まわりなどは特に変更されていないそうなので、その手のオタクたちからは評判があまり良くないようです。

とはいえ近郊型電車ですから、中身が古いままなのはともかく、お手洗いが付いているのはありがたいことです。私たちはお手洗い付きの車両に席を取ったこともあって、そのあたりには苦労しませんでした。

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岩国を過ぎてから、21時を回ったこともあってだいぶ空いてきました。

やがて列車は徳山へ。

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駅名標が青色に戻りました。

私が愛用している交通新聞社の時刻表では、徳山は途中駅扱いで発車時刻のみ記載される形ですが、369Mはなんとこの駅で30分以上停車します。計画段階では想定しなかった、思わぬ休憩時間です。

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ちょっと露出オーバー?行き先表示が白幕の編成だったのが残念ですが、駅の発車標でしっかり「Shimonoseki」の文字が見えます。

乗っていた当時は理由が分からなかったこの長時間停車ですが、謎を解く鍵は現在の時刻表にありそうです。時刻表を確認してみると、21時26分に徳山に着いた3359Mは、同じ車両で22時ちょうど発の3363M下関行きとなります。しかもこの列車は、終点の下関から、最終の小倉行きに接続するという、369Mと似たような役割を果たしています。

恐らく369M誕生前は、徳山で同じ車両の運用を分割していたのでしょう。それらをひとまとめの運用にしたのが369Mで、徳山での停車時間はその名残というわけです。
なにはともあれ、この徳山の停車時間は、足腰を伸ばすには良い時間でした。特急だろうと鈍行だろうと、どれだけ良い列車であろうと、何時間も座り続けるのは大変ですからね。
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徳山より先はあっという間に下関です。下関では、反対側のホームで待ち構えている電車に飛び乗って関門海峡を渡るだけ。

ここからはJR九州の車両が出迎えてくれます。山陽エリアとは違い、外面と中身がしっかり合っている415系電車。門司を経由し、日付が変われば終点の小倉です。

途中で少しだけ触れましたが、青春18きっぷ1日分の効力は、列車に乗っている間に日付が変わった場合、その列車が日付を跨いで最初に到着する駅まで有効です。その先の区間は次の1日分を使用開始するか、別途乗車券が必要となります。

私たちの場合は翌日も18きっぷを使う予定でしたので、2日目を使用開始しても良かったのですが、効力切れがちょうど区切りの良い駅なので、そのまま出場扱いとしました。

小倉での夜明かしは、当初はネットカフェの予定でしたが、想定以上の疲労であったこと、1人あたりネットカフェとほぼ同じ価格で安宿が取れたこともあって、ホテルで休むことができました。なんでも、シングルルームに簡易ベッドを設置したワケありツインの宿泊プランなんだとか。

 

次回は、博多を目指したのち、東方向へ戻っていきます。

2016年8月15日 福島・阿武隈急行線から仙台空港

この日、私は大宮駅の新幹線ホームに立っていました。

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金沢方面に向かうに当たって、福島と槻木を結ぶ第三セクター阿武隈急行線に乗ってみようと思い立ったのでした。

終着駅になる槻木からは東北本線仙台空港アクセス線を経由し、仙台空港から小松空港へ。そのスジのオタクでなければ無駄しかなさそうな行程です。

ちなみに福島までは新幹線を使わずとも、十分早い時間に到達できるような気もするのですが、ラクをしたかった前日は夏のコミックマーケット3日目でしたので、コミケ終わりの友人を家に泊めていたため、出発時間を遅く設定していたのが理由です。

この頃の阿武隈急行線はちょうど、JR東日本より購入したA417系電車が定期列車から引退した時期で、8月中旬とはいえ平日ということもあって、見かける人の数もまばらでした。

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A417系も十分面白みがあったのですが、この自社車輌である8100系もなかなか見応えがある電車です。片側の扉数は4枚と、一般的な近郊型車輌のように見えますが、ワンマン運転対応のために各車両運転台側の扉を運転台に寄せ、片開き構造としているのが特徴と言うべきでしょうか。

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始発駅の福島を出ると、一時的に東北本線に別れを告げ、比較的平野部な緑の中を突き進んでいきます。福島から北上した場合、車両基地のある梁川あたりまでは割と住宅街の広がる郊外の景色が続くような感じです。

梁川を出、広瀬川(阿武隈川の支流)を渡るうちに一変、車窓の緑は深みを増し、いよいよ阿武隈川に沿った山あいの部分に到達します。

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川沿いに敷設された鉄道路線の場合、経験上だいたいは県境越えの国道とほぼ並行しているのですが、阿武隈急行もやはり国道349号が並行して伸びています。今となってはという言葉があてはまるのですが、国道から追いかける阿武急の電車がどんなものか、一度走ってみたいものです。

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たぶん丸森

そういえばこれが私にとって初めての東北上陸でしたね。東北にはこののち4回ほど訪れますが、何度訪れても遠い場所というか、全く知らない空気感を醸し出してくれるようなワクワク感があります。

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仙台空港のデザインの美しさは感動した覚えがあります。

槻木から電車を乗り継ぎ仙台空港へ。IBEXの小松便を予約しましたが、年単位で久々の航空便利用だったので、搭乗ゲートを通過するまでずっとビクビクしていました。

ちなみにこの日、使用機材到着遅れのため出発も1時間程度遅延。欠航でもなくたかだか1時間程度の遅延ならとも思ったのですが、出発遅延が決まったタイミングや夕方ということを踏まえてか、搭乗時に地上係員から制限区域内での食事代金として一律の補償金が支払われました。

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機材到着遅れの原因?真後ろの席が使用禁止扱い。

IBEXエアラインズは初めて利用しました。機材こそ2-2配列のリージョナルジェットではありますが、窮屈さもなく、ANAグループ本体同様のドリンクサービスもあり、快適でした。

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思えば今回は初めて続きの旅程でしたね。

沈みゆく太陽と、夕日に照らされる雲海を眺めながら、静かに林檎ジュースを口にするのでした。



2016年5月5日 中央西線を北上

過去から現代まで、北陸から東京に出るには、いくつかのルートが存在します。

加賀藩参勤交代の時代では「下街道」と呼ばれた、高岡・高田・善光寺を経由して中山道に合流するルート。

「上街道」と称される、福井・今庄を経由して関ヶ原に出るルート。こちらはさらに関ヶ原から2パターンに分岐し、中山道を進んで長野県の和田峠を経由する場合と、そのまま東海道に合流して上京する場合があったそうです。

時代は移り変わり、かつての主要街道に国道や鉄道線が引かれるようになると、米原を経由して東海道新幹線に乗り継ぐルート、直江津を経由して碓氷峠を越える旧下街道ルート、越後湯沢から上越新幹線に乗るルート、そして再び下街道を辿る今日の北陸新幹線というように、その路線変化によって人々の移動経路も変化を繰り返してきました。あ、挙げた順番は時代とはバラバラですのであしからず。

今回は金沢から、上街道・中山道経由に"近い"経路で上京してみることにしました。"近い"というのは、関ヶ原から先のルートが微妙に異なるため。実際の中山道は現在の岐阜から高山本線に沿うような形で東進し、美濃太田~可児~恵那を貫通して中央西線にぶつかるようなのです。私がとったルートは、米原・名古屋経由の東西含めた中央本線完乗ルートとなり、塩尻(正確には下諏訪宿)からは甲州街道を上っていきます。

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名古屋までは特急しらさぎ号で南下します。米原から新幹線に乗り継げば、かつて主流であった北陸地方-東京の輸送ルートです。豪雨災害による新幹線不通時を除いて、現在ではあまり使われなくなっているためか、繁忙期でもしらさぎ号の乗車率は北陸新幹線サンダーバード号より一歩引いたような数字になっています。
余談になりますが、対中京圏、とくに東海道新幹線接続特急としては、かつて加越・きらめきといった列車名が存在していましたが、旧型車両の置き換えにより車両設備の差がなくなったことによる差別化の必要性の消滅などにより、最終的にしらさぎへと統合されていった歴史があります。

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実は683系「しらさぎ」デビュー時のお披露目イベントに行ったことがあります。これはプチ自慢です。

加越運用時代の名残として、しらさぎ用編成として2003年にデビューした683系2000番台の車体側面エンブレムには当時、「Shirasagi」の名称と並んで「Kaetsu」の文字も記されていたりするんですよ。

残念ながらと言うべきなのかはともかく、私がしっかり覚えている時点では既に同車両のエンブレムからは「Shirasagi」「Kaetsu」の文字は消滅しています。さらに言えば使用車両が入れ替わってしまったので、大きな「SHIRASAGI」の文字ごと現在では拝めないものとなりました。

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名古屋からは特急しなの号で塩尻まで北上します。

しなの号の383系電車はいわゆる「振子式車輌」、曲線通過時に車体を内側に傾斜させて遠心力に対抗することで、曲線通過速度を上げることを目指した鉄道車輌です。私はそれまで振子式車輌に乗ったことがなかったので、カーブを曲がる際の押しつけられるような不思議な感覚は初体験でした(北陸新幹線は車体傾斜装置等は未搭載なのです)。

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名古屋を出てからあっという間に車窓の景色は緑に包まれます。この先は藪原まで谷間を縫うように伸びる木曽川に沿って進むので、秘境路線らしさが続きます。国道19号も平行しているので、境遇的には大糸線にも似ていますね(どちらが先かという議論はここではナシです)。

そもそも論、日本は街々が比較的平野部にあるほかは基本的に山間部や高地になるので、外周からアクセスすると道中はこんな感じで自然の川に沿いながら進むことになるのでしょうね。

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かの有名な寝覚の床。クルマを止めない限り国道からはここまで開けて見えないので、鉄道線はある意味で特等席です。

寝覚の床には浦島太郎伝説があるようですが、他地域でも類似の伝承があったりするようですし、内容を読む限りこじつけな気もしますね。まあこの手の伝承は正確さを求めてはいけないということでしょう。

気になった方は寝覚の床の情報を調べてみると良いですよ。すぐ見つかりますので。

 

この日は単線区間が災いして、対向列車の遅延によりしなの号の塩尻駅到着も少しずれ込みました。塩尻からはスーパーあずさ号を乗り継いで新宿までひとっ飛びです。

このスーパーあずさ号も振子式電車であるE351系ですね。中央西線同様、塩尻以東の中央東線もまた、山間部をくねくねと走る路線となるので、スピードアップが期待されていました。ただ残念なことに、途中区間に存在する単線区間や、やはり厳しい線形に影響されて、そこまで劇的なスピードアップとはならなかったそうです。

 

これで当時の時点で中央本線は残すところ辰野支線だけとなりました。辰野支線の完乗は2年後のおはようライナー乗車まで待つこととなります。

いえ、日本全国まだまだ乗らないといけない鉄道線はあるのですけどね。

2016年4月24日 大洗の街を歩く

水戸で一晩を過ごしたのち、大洗へ向けて友人宅を出発します。

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今回の目的は聖地巡礼。といっても、劇中の建物やショットを本格的に逐一模倣するのではなく、単に「劇中の雰囲気を感じに行く」程度のユル~い行動理念。大洗の街をとりあえず歩き回ります。

今の私は聖地巡礼=下調べをした上で劇中に登場した実際の風景を巡る、というプロセスを踏むので、当時の私はかなり適当だったことが窺えますね。

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余談ですが、茨城交通をはじめとした水戸駅やその周辺を発着するバスは、まるで動く旧車博物館。「ちょっと古いヤツ」から「マニア垂涎の旧型車」まで、様々な顔ぶれが住民の足として活躍しています。

幸先の良いスタートなのかどうかは分かりませんが、当日鹿島臨海鉄道線のホームで待っていたのはガルパンラッピング列車。これから現地に足を踏み入れると思うと、なおさら高まりを感じずにはいられませんね。

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一時期ネットで物議を醸した(?)給油口位置も健在。

大洗では、街のあちこちにガルパン関係の装飾が見られます。オタクアニメ=社会から排除されて当然、というような空気を長らく経験してきた身としては、かなり新鮮です。

いえ、まあこちらにも「花咲くいろは」はあるのですけど、花いろは街の中のあらゆる場所にここまで散りばめられていることはなかったので・・・。

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ガルパン劇中における大洗と現実における大洗のシンクロ度がもともとかなり高いということもあるのですが、こんな風に行く先々でキャラクターを意識させられると、なんだか本当にそのキャラクター達の生活が、リアルの大洗に存在しているようです。

そもそもなのですが、乙女の武術として戦車道が存在するという設定こそ非現実ではあるものの、学校対抗戦以外のシーンでは大洗の街中を舞台にした日常的シーンが比較的多く描かれています。
アニメと現実の観光誘致の成功例として頻繁に取り上げられる大洗ですが、単に現地の方々が作品を取り入れてアニメファンを受け入れるという単純な図式でなく、もともとキャラクターの生活感を感じさせるリアリティが作品にあってこそ、現地の方々もリアルストアにキャラクターとの日常を投影しやすく、そして限りなくゼロに近付いた作品世界と現実の境界が多くのファンを魅了し、人を寄せ付けているのでしょう。

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すこし不機嫌そうな空と太平洋を眺め、しみじみと感じる私なのでした。

2016年4月23日 三浦半島から茨城県へ

新年度が始まってそう長くないある日、私は水戸の友人宅を訪ねることにしました。

 

この頃私の周りでは、前年から続く空前のガールズ&パンツァーブーム。私も周囲の熱に押され、TVシリーズアンツィオOVA、劇場版(大洗合同VS大学選抜)と各作品を巡回し、作中の大洗の風景がかなり実際のものに近いことを知りました。

友人宅を訪れるのと、大洗を訪れるのと、どちらが最初の目的だったのかは忘れてしまいましたが、とにかく私は、大洗と目と鼻の先である水戸に友人の住居があるのを良いことに、大洗の風景を見に行ってみようと、茨城方面に足を運んだのです。

しかし、ただ茨城に行くだけでは物足りない。どうせなら派手に寄り道してから北上しようではないか。そう考えた私は何を思ったか、友人が夜まで予定があるということを踏まえ、三浦半島に寄り道することにしました。

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今となってはなかなか呆れるような話、人によっては呆れるを通り越して尊敬されたりなどするのですが、京急横浜から浦賀までを普通列車で乗り通しました。

とにかく時間が有り余っていたんですね。京急線の各駅に止まりながら、のんびり浦賀を目指します。

 

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浦賀に着いてまず驚いたのは、駅周辺の規模がとてもかわいらしく纏まっていること。京急といえば京急川崎や横浜の大駅を思い浮かべるのですが、首都圏からわずか1時間程度でこんなに落ち着いた風景が広がっているのかと思ってしまいました。さっきまでJR線と追いつけ追い越せの疾走を見せていた路線とは思えないほどのギャップです。

意外とローカルな雰囲気たっぷりなところが多くて面白いですよね、京急大師線とか。

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この場所からさらに住宅の脇を抜けた先に慰霊碑があります。

実は浦賀に来たのは、帝国海軍の駆逐艦村雨戦没者の慰霊碑があるという情報を知ったから。単なる艦これプレーヤーの二次元オタクという立場で参拝というのも恐れ多い文脈ではありますが、海に面したその石碑に、静かに手を合わせました。

ちなみに一番の嫁は睦月型駆逐艦4番艦・卯月です。

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慰霊碑に手を合わせたあとは、背後の海を眺めてしばし心を落ち着かせます。地方出身の私からすると、それまで神奈川は都会なイメージが強かったですが、ちょっと電車で移動すればすぐこういう風景が広がっていて、安らぎを求められる気がしますね。三浦半島江ノ島がドライブスポットになるのも、なんだか納得です。

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それにしても、普段はビルに囲まれたようなところを走るステンレスの電車が、緑の中をガタンゴトンと走っている光景、なんだか不思議なものです。

それを言ってしまえば湘南新宿ライン上野東京ライン横須賀線常磐線も例に漏れず、といったところでしょうか。やはり車両と風景のギャップを感じながら、私は夜の水戸駅に降り立ったのでした。

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今回はとにかく経由した駅のことばかり。今ならもうちょっとバリエーション豊かな寄り道コースを考えられるのですが・・・。

むむむ、旅の記録というのは難しい。。。

2016年3月19日 諏訪大社と温泉

御柱祭といえば、日本三大奇祭のひとつにも数えられる、有名な祭り。

7年ごとに実施され、山から切り出した御神木を山から落とすなどし、諏訪大社の各社まで運搬する祭りです。

もともとはお社の建て替えに使う木材運搬の神事だったと聞いていますが、調べてみるとそれは江戸時代以降の風習であり、黎明期はご祭神に五穀豊穣などを祈願するための行事であったそうです。

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2016年はちょうど御柱祭の開催年でした。山出しでしょうか?

兎にも角にも、その御柱祭に大きく関わるのが諏訪盆地の諏訪大社。諏訪地域では御柱祭諏訪湖・温泉と切っても切り離せない観光資源です。

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諏訪大社は東京に近い方から、上社前宮、上社本宮、下社秋宮、下社春宮となります。私は寺社仏閣に関して知識が豊富ではありませんので、ご祭神や細かい知識に関しては省略しますが(そもそも現代ではちょっと検索すればすぐ情報が出てきますからね)、それぞれ茅野市諏訪市下諏訪町と幅広く置かれており、上社と下社だけでも景色がかなり違うのが特色、といったところでしょうか。

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上社、とくに前宮は比較的郊外の山に建てられており、まるでその区画そのものが自然の中の力に守られたかのような空気感を醸し出しています。参拝前後の道中では茅野市の広大な土地が眼前に姿を現すのも見所でしょうか。もちろんそこそこ登ります。

反対に比較的中心部に位置する下社では、住宅街の賑やかさとは突然に切り離された境内で、神聖な空気を感じ取ることが可能です。

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国歌「君が代」にも歌われるさざれ石、ということです。秋宮。

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神聖な空気を感じ取れる場所と言っておきながら、恐れ多くも写真を撮りまくっていました。

このあとはもちろん、下諏訪の温泉に浸かって一日の疲れを癒やします。クルマで4社を巡礼しましたが、そんな便利なものがない時代だとなおさら、諏訪大社巡りをして温泉、というコースが定石だったりしたのでしょうかね。

そういえば、下諏訪温泉は観光客向けの温泉というより、銭湯のような温かみがあって面白いですね、温泉だけに。

例えば箱根だとか草津だとかでは、温泉旅館の日帰り入浴という性質上、入湯料もそこそこ良い値段がするのですが、下諏訪は銭湯に温泉を引いているような感じなので、500円握りしめて訪れれば風呂上がりのコーヒー牛乳もセットになるような価格で入れます。というか銭湯なので、地域の人たちが当たり前のように毎日入りに来ていたりします。敷居が高くないのは良いですね。

 

ちなみに、私のお気に入りは遊泉ハウス児湯です。下諏訪で温泉となると、ほぼ毎回ここに行く前提で身体が動きます。

shimosuwaonsen.jp